ならまちについて
ならまちは、奈良の旧市街地は京都・金沢と並び、太平洋戦争の戦災をまぬがれ、古き良き日本人の生活風景を残す、全国でも希少な町です。
その歴史は奈良時代(710年~)に平城京の外京として整備されたことに始まります。
794年の平安京遷都の後、平城京の多くは風化しましたが、外京は国家鎮護の仏教寺院を多く有していたため、町を維持することができました。
その旧市街地の南側4分の1程度が、元興寺の旧境内を中心とした「ならまち」界隈です。
江戸中期には猿沢池界隈が「お伊勢参り」の宿場町として栄え、明治~昭和時代には奈良の商業の中心地となります。しかし戦後になると近鉄奈良駅周辺の発展とともに地域は徐々に落ち着いていきます。
閑静な住宅地に変貌した1980年代に、当時の20代の若者が中心となって「まちづくり」が始まり、現在の訪客の絶えない町に至ります。
ひらがなで「ならまち」という場合は奈良市の都市景観形成地区を指しますが、地域の人々は通称で「奈良町」と呼ぶことも多いです。